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原油の匂い〜天然と合成のあいだ〜 Tar Pits Museum

[MONTHLY ESSAY]

ロサンゼルスの美術館・博物館通りWilshire Boulevard に面して、「Tar Pits Museum」という変わった博物館あります。(Tar は「原油」、Pits は「穴」を意味します。)

博物館の前庭にあるのは、1800年代後半にアスファルトを採取した跡地に、周りから雨や地下水や流れ込み、そのまま小さな池になったもの。

ここで採掘されたアスファルト(原油)は昔、屋根のつなぎめや道路に使われたそうです。アスファルトは、原油から揮発性の高いケロセンなどが揮発した後の「出涸らし」のようなもので、最もグレードの低い石油です1)。 アスファルトには、天然に産出される天然アスファルトと、石油からつくられる石油アスファルトがあり、現在使われているものは石油アスファルトがほとんどで、天然のものはごく少なくなっています 2)。

このエリアの地下300mには、まだ原油が埋まっており、次から次へと湧き出してきます。匂いもあたりに漂っています。どのような匂いかというと、まさに、道路工事中の固まっていないアスファルト。アニマリックで、硫黄臭い。

この匂いの元となる泡が池の底からぶくぶくしているのが、目視で確認できます。泡の正体は、メタンと、色のないガス、硫化水素だそうです。メタンは、海洋蓄積物が圧力と温度により分解されて生成されます。そして腐った卵の匂い、硫化水素は、原油中の炭化水素が分解されて生成されます 1)。

そして私が感じたのは、自然の要素から発せられる100%天然でナチュラルな匂いなはずなのに、どこかケミカルにも感じられるということ。

考えてみれば香料化学は石油化学と関係が深い有機化学の一部なのだから、それもそのはず。現在のグラースに立ち並ぶ香料工場には、むかしのグラースの絵葉書に見られるようなアンティークな蒸留機が並ぶわけではなく、さながら石油プラントのような光景でもあります。

しかしどこか私たちは、「ケミカル」という言葉に、悪いイメージを持っています。そのため、合成香料(化学香料)にも悪いイメージがつきまといます。健康に悪い、ガンになる、etc etc…。多くの天然香料にも毒性が確認されているにもかかわらず、なぜそっちの方が健康に良いと考えられているのでしょうか。

そんなことを考えさせられる匂いでした。

もっと知りたい方:
Wikipedia/ラ・ブレア・タールピット
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%94%E3%83%83%E3%83%88

博物館公式ページ
https://tarpits.org/

  1. TAR PITS MUSEUM
  2. 宮川豊章・岡本亨久・熊野知司 2015, p. 126.
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人を死に追いやる匂い

男性1人が安否不明になった埼玉県八潮市の大規模な道路陥没。痛々しい事故です。私はいつもニュースを見る時は、匂いの点から現場を想像します。(この癖は学生の頃からあるようです。)

がれき。土砂。溢れ出す汚水。助けようと必死の捜索隊。事故や災害の現場は往々にして、とてつもない臭いに包まれていることが多いように思います。時間が経つと、死臭が漂う場合もあるでしょう。

今回の陥没の原因でもあり、被害者の救助の妨げとなったのは、高濃度の硫化水素とのこと。そこで硫化水素についての思索を巡らせてみました。

硫化水素とは

英語では、hydrogen sulfide。化学式はH2S。無色の気体です。

においはいわゆる「腐った卵」と表現されます。温泉地に行くと「硫黄の匂い」がしますね。ところが実は硫黄単体(S)は無臭。硫化水素(H2S)が原因なのです。空気よりわずかに重く(比重1.1905)、窪地にたまりやすく、ゆえに地下などで特に濃度が高まりやすいのが特徴。

人工的な都市の環境下においては、下水処理場、ゴミ処理場においても、硫黄が嫌気性細菌によって還元され硫化水素が発生します。飲食店の溜め枡内でも、閉店後に水が動かなくなると発生します。

案外身近なところにある硫化水素

ふりかえってみると、私の生活環境でも、特定の条件下でこの匂いを感じることがあります。たとえば台風が来る前。雨が降る前の、湿度が急激に上がる時の、強風の時。住まいは2階なので、下から上がってくるというのは相当なことです。おそらく下水枡の換気能力が追いつかないほどの湿気上昇による細菌の繁殖と、ランダムな風圧によるもので、もともと密閉性の高い作りのため屋内が陰圧になり、2階にまで上がってくるのでしょう。そんな時は少し窓を開けて、圧を逃すだけで匂いは弱まるのですが(ピューピュー音がうるさいけど)、合点がいきます。


硫化水素は微量であっても、0.003ppm(=0.0000003 %)からパソコンなどあらゆる電子機器に腐食等の悪影響を及ぼします。人がにおいとして硫化水素を感じるのは0.03ppmですから、知らない間に腐食していたということはふつうにありそうです。

しかも、案外わたしたちの身の回りに普通に存在します。糞や屁、口臭にも含まれるようです。ハムにカビが生えている状態でもごく少量、硫化水素は発生しています。



硫化水素のおそろしさ

硫化水素が怖いのは、一定濃度以上(100ppm)になると嗅覚麻痺で「においが感じなくなる」事にあります。においがしなくても、知らない間に濃度が上がり、長時間浴びる事が事故に繋がるケースも多いとか。知らずに近づいた登山者やスキー客・温泉客が死亡する例もあるそうです。

悪臭をペストの原因と考えたアリストテレスと古代ギリシャ

今の日本では、悪臭防止法に基づく特定悪臭物質とされていますが、古来より西欧でも「硫黄の匂い」は、忌むべきものとされ、あらゆる病原とまでされてきました。アニック・ル・ゲレの「匂いの魔力」によると、紀元前5世紀に「ペスト」がアテネを襲ったとき、人々が香木を燃やして病魔と戦ったことから、アリストテレスは空気が疫病の発生源とい見なしました。気温、密度、乾燥度、湿度によって決まる空気の性質があらゆる病気の源である、と。そしてよどんだ沼地などからの悪臭も病気を引き起こすとされ、それらを「毒気」(ミアスマ)と呼び、ペストも澱んだ空気によって引き起こされると考えました。

ミアスマとは、不浄を意味するギリシア語の miasma に由来します。紀元前後の哲学者セネカは、大地の奥底には燃えたぎる火と澱んだ沼地があって、それらも同じく毒気を放出しているとし、この腐敗した空気がたとえば大きな地震などのさいに地上に漏出すると、病気や死が蔓延しつづけると考えました。

悪臭と病原菌の分別

ペストが大気の汚染によるものではないと考えたのは、1668年のランサンという医師。ペストの原因が悪臭によるのか否かの論争は、最終的にペニシリンという抗生物質が作られる1928年まで続くことになります。

アリストテレスの時代から続く、悪臭があらゆる病気の源であるという発想は、ペストに関しては正しくなかったわけですが、悪臭を硫化水素と考えると、それに関しては正しかったようです。人々は地面の割れ目や穴が空いているところ、火口付近、よどんだ沼地などに毒気が発生すると考え、忌み嫌いました。その点は鋭い観察だったと言えます。

硫化水素による悪循環

今回の事故も、整理すると

  • 高濃度の硫化水素により起きた腐食が原因で陥没した
  • 硫化水素の危険性により救助活動も細心の注意を要した
    つまり硫化水素によるダブルパンチを喰らった形です。救助活動は完全に機械頼みとなってしまい、最終的には男性の「救助」は3ヶ月後の見通しだそうです。しかも現場には硫化水素の発生により、悪臭が漂い、危険な状態も続いていると想像されます。

これは単なる事故である以上に、高度成長期に発達した大規模都市を支えるインフラの落とし穴を露呈したともいえます。私たちは悪臭を塞ぐことに成功しました。しかし、塞ぎ続けるにはかなり大変な労力がかかりそうです。塞いだときに、このようなリスクを考えたでしょうか。

現場の方達に最大限の敬意を表するとともに、被害者の男性がいちにちも早く見つかりますよう願ってます。

参照:

硫化水素除去のプロ「コルライン」
https://corline.co.jp/about_corline/hydrogen_sulfide/



Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/硫化水素

アニック・ル・ゲレ「匂いの魔力」

参考:
嗅覚閾値
https://ja.wikipedia.org/wiki/嗅覚閾値

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匂いと素材、誘引と忌避

私のアトリエは限りなく熱帯に近い亜熱帯の石垣島にあり、古い家屋なので、年間を通してさまざまな生き物が侵入してきて、家賃も払わないのに住みついたりします。

アトリエに毎日行くわけでもないので、数日置くとだいたい何かしらの糞があちこちに転がってます。その主は誰なのか、対策のためにまずそれを把握します。最近は形状からだいたい把握できるようになりましたが、最初は毎回「これはなんじゃ?!」状態でした。

そして掃除をしていくうちに、段々とどんな素材に糞尿が付着するのか、わかってきました。紙のような素材がいちばんひどい。次に布。障子のように垂直ならそうでもないけど、平面に置かれているものはひどい。

紙や布は、匂いをほどほどに吸着・保留し、徐々にリリースしていく素材。紙が糞尿のムエットのように機能し、縄張り争いに貢献しているのでしょう。
そのため、紙や布などのいわゆる天然素材は、まず箱に保管するようにしました。表面がツルツルなプラスチック、ガラス素材は、匂いが吸着しないからか、あまり糞尿が残されません(でもゼロではない)。いちばん良いのはメタルのブリキ缶。木材はコーティングによりますかね。

そしてふしぎと椅子の表面は、やられそうでそれほどでもありません。人間の匂いがするからかな? 棚の中とかはターゲットにされやすい。許可してないのに、自分の部屋にされちゃいます。隙間を塞ぐのは必須。

嗅覚の視点から害虫駆除していくと、効果的です。スズメバチがアトリエの天井に巣作りを始めたころ、調香でベチバーを使った時にバタバタ反応してるのがわかったので、ベチバーをエタノールで希釈し、さりげなく扇風機で巻いたり、床や天井の隅々中までスプレーしたらいなくなりました(保留性を高めるためにDPGを足すとさらに良し)。攻撃してくるかなー?とも思ったので、こっそりと、気づかれないように(危険なので真似しないでくださいね!)アリの行列は、エタノール(台所用アルコールでもいい)でとことんその跡を拭き取るといなくなります。石垣島の人は、月桃蒸留水を野菜の新芽にスプレーして、害虫避けにします。ネズミは、うちの犬に定期的にうろうろしてもらうといなくなります。

誘引と忌避。嗅覚は、どちらにも働きます。匂い香りを使いこなしましょう。